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カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2011年6月 1日 (水)

室生犀星 「ふるさと」

“ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや”


18歳まで 生まれ・育った故郷

18歳で関西地方に行き

この地に来てから35年

ふと、この詩を思い出す。



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2011年5月11日 (水)

「母の日」だった

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先日の日曜日は「母の日」だった

中学校を卒業した頃に他界して

もう40年も過ぎるので

しっかりした記憶も薄れてしまうが

この時期、こんな詩を思い出す――




〔鏡をみてもちっとも似ていない

サトウハチロー




“鏡をみても ちっとも似ていない

顔形も目も鼻も口も・・・・

それなのに後姿は

母にそっくりだという

半分さみしくて 半分うれしい

わたしの後ろ姿に 母がいる

           母がいる”

2010年10月29日 (金)

人生で着る服

前に読んだ本の中で、こんなことが書いてあった。

曽根綾子著の「中年以後」 

そんな本を思い出し引っ張り出してみた

《「人間は、一度に1枚ずつしか服を着られない」、

そんなことわざがイタリアにあることを知って感心した。

若い時、学生時代は、服などあれば

  幾らでも着られるような気がしていた。

確かに一度には1枚ずつだけれど、

長い人生では 服など幾らあっても

楽しく着られる、と信じて疑ったこともなかった。》

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2010年7月27日 (火)

童話本 『だれも知らない小さな国』

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 子どもころに夢中になって読んだ本に

 小人・コロボックルの物語がある

 童話作家 佐藤さとる著書 の数冊

 

北海道の、ある地方 ある村に住むこびと

人に見られないように生活している

出歩く時はカエルの扮装をして

ところが、ある日 人間の子どもに見つかる

・・・そんなふうな話だったと思う

何冊かシリーズ化もされたんだった

 

  夕立が来た日、

 ぼんやりと庭の片隅を見ていた時

 雑草、花壇の花の間に

 そんな小人・コロボックルが出てくるかな

 ふと 郷愁の思いもあって

 子ども時代を思い返していた

  こんなこと、あればいいのになあ、って。